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2009年2月15日 (日)

考え出すと止まらない自分自身

昨夜もまともに眠れていないのに、PCに夢中になっているとだんだんと熱がはいってきてしまう自分。

mixiのコラムを見て、そんな必要性があるのか?と思ってしまった。

【コラム】 「クビ」「肩たたき」etc.もしもの時の対処術
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=750330&media_id=29

自分のmixi日記には次のように書いた。

働くのは何のため?と考えてみた。
メシを食うため、好きなものを買うため…色々あるが、 自分的感覚では大した物欲はないし、生ける者のために身を奉げることも苦ではない。

自分なりの理論はあるが、いかに一度きりの人生を満喫できるかを考えている。
1日に与えられる時間はみんな平等24時間。
これを3分割にして平均8時間ごとに睡眠、仕事(学生なら勉強)、自由時間とあるわけで、そのスケジュールを決めるのは自分自身の選択で決まってくる。

自分の今のカラダはそういった意味、きちんと分けることが出来ない。
でも、時間の有効活用は誰にだってできるはずと思っている。

「クビ」「肩たたき」に対処が必要なのか、自分はそうは思わないわけで、本当に必要な人材であれば肩も叩かずクビ宣告もない。会社の生き残りのためとはいっても、本当に必要な人間なら残るはず。自分はそれは願ってもないチャンスと捉える。
バレンタインデーが過ぎたばかりだが、好きな人が出来てフラれたら諦める人なら次の相手を探す。または好きになってもらいたいように自分なりに努力したりするわけで。

仕事もそう考えるとフラれたのが解雇と仮定すればどう考えるか。
解雇に不当を申し立てる者もいるが、次を探す者もいる。
これが恋愛でも仕事でも同じではないか、と。
解雇宣告は法律で定められているようにクビとはいえ、権利はあるが、恋愛はもっと現在はシビアでフラれて追いかけ続けるとストーカーと呼ばれるハメにもなる。
その時間が無駄か否か、それぞれだろうが、 星の数ほど男(女)はいる、というように、仕事でも本当に探すなら星の数ほどあるはずだ。
それを選択し過ぎるから同じ職種に制限されたりする。受験の倍率に勝とうとする若き頃のパワーを持てば乗り切れると思うのだが、その努力が足りないような気もする。


日本人は保守派が多いせいか、口ではチャレンジ精神を唱えるが、実際は本気でバイタリティを発揮しているかと言えばNOと感じた。
「そのうちなんとかなる」というのが通じない時もあるし、メシを食うだけなら有名な絵画にもある「落ち穂拾い」もできるはずで、生きるための努力をしていないように感じる。

実際、大手にしがみついても倒産したらそれこそ終わり。
肩を叩いてくれるなら甘んじて受け入れれば失業保険で守られる期間がある。自分から申し出れば一時期間、無収入になるわけだ。

派遣社員は社員じゃない。現状、紹介者つきのアルバイトのようなもの。それに甘んじて出来た法律の大きな落とし穴になった。自由と思っていたことが自由じゃなかった…と思うならよく考えてみれば分かると思う。せっかく人間には「知恵」というものが備わっているのだから本当にその知恵を使いこなせているかどうか、だろう。

自分はもちろん完璧ではない。
でも思いはある。
株は無論、お金だって日本国が潰れてしまえばお札はただの紙切れ。
お金に執着する必要は多少あるだろうが、田舎や昔の時代の風習を思えば貝やコメでも価値で交換できた。
先進国と思って鼻を高くせず、もっと次元を変えてみれば考え方は変わると思うのは自分だけだろうか。

便利すぎる反動が今、奇襲されているだけ。
コツコツとやっていれば実るものもある、と思って今を生きている。
それをいかに楽しむかも生き方ではないかと考える。
よく周囲に昔から言われた言葉「普通はさぁ…」
違法行為に値しなければその人の価値観によって「普通」は違う。
よく「ヘンなやつ」とか「変わってる」とか「あり得ない」など言われてきたが、誰にも出来ないものや技術を得ることで変われたりすると思っている。
「負け組」「勝ち組」なんてない。

これからは自分に対しての「価値組」が大切なのではないだろうか。

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これは人間だけのことかといえばそうではない。

本当に必死になって生きることを選択するなら、あのオーストラリアでの森林火災でのニュースを思い出せばあり得ないことも感じるはず。

それはコアラ。

油分を多く含むユーカリの葉を食する動物で、自分の好んだユーカリの木の葉っぱしか食さない動物で普段は水は飲まない。ところがこの大火災で消防士が火災後から無事生きて発見されたコアラがペットボトルの水を3本飲んだという。これは何を意味するのか?

本当に生きるためなら何だって食する、つまりいざとなったら必死になれるということ。非常にワガママな動物と言われてきたが、いざとなったら何でも食するということ。人間でもそれくらい大惨事になればそうなるはず。

ましてや人間は更に優れた知能を持っている動物。ただのワガママ社会が大恐慌に「仕事がない」などと訴えているのは自分の壁を超える事をしようとしていないだけだ。

あの阪神大震災でも復興したのは助け合いがあったり、救済があったりしたからであるが、それだけでは立ち上がれなかったはず。自分自身の意志で復興を誓い、再建したことによって新たに出来上がったわけで、その苦労はどんなことでもやってきたから生きてこれた。自分も渦中にいたのでそういった意味では強く感じる。

もちろん報道されていない醜い者の犯罪もあった。本当に生きる糧のために求めるものなら誰にだって自分を変える事ができるはずだと思う。ライフラインが一時期途絶えたからという理由で亡くなった者はいない。

老齢化社会で将来年金も危ぶまれているのに何故就職先ばかりを求めるのか・・・自活が出来ない先進国の国民なら最低水準の国と同じ難民族に自ら足を突っ込んでいっているように思えてならない。

安定収入がほしい・・・といいながら博打が好きな人間だらけ。知識が不要と簡単にFXを始めて失敗した人も多数見てきた。「宝くじで一発・・・」聞き飽きた。食品も粗末に扱う(好き嫌いなども含む)者、危機に陥ったら一番犯罪に走る確率は高いような気がする。

もっと意識改革、しないと。。

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